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2009年08月 アーカイブ

2009年08月06日

日本との関係

第一次世界大戦と第二次世界大戦前の中東は欧米列強の侵略に悩まされた地域であり、日露戦争において日本が欧米列強の一員であるロシアに対して勝利した事は、中東諸国を含めたアジア諸国に大きな希望を抱かせた。また1970年代の日本赤軍によるゲリラ活動により親日感情を持つものも多いという事実がある。特に日本にとっては豊かな産油国であるこれらの国との関係はエネルギー安全保障上において重要なパートナーであり、日本から東南アジア、インド洋、そして中東にかけて伸びる海洋交通路即ちシーレーンの防衛が課題となっている。

アメリカによるイラク戦争の開戦後は、日本もアメリカの同盟国としてイラク戦争の後方支援並びにイラク戦後復興支援に尽力している。このため、日本のイラク復興支援は「アメリカにいわれるがまま」であるとか、「本当にイラクのためになっているのか」、「自衛隊の派遣は許されるのか」という批判もあり国内では大きな議論となっている。前述の親日感情を帳消しにしかねず、対米配慮と石油戦略という最重要国益をいかにして両立させるかという困難な問題がある。
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前述のように、一面では中東との関係は少資源国である関係上非常に重要な意義を持っており、シーレーンの到達点にあるイラクの戦後復興は日本にとっても国益になり、日本とイラクを結ぶシーレーンの安全も重要課題であることも重要な問題である。

2009年08月17日

贅沢で優雅な乗り物

1930年代頃から技術の進歩により、航空機の信頼性・安全性が認められ、黎明期のような「命がけの飛行」では無くなり、本格的に利用され始めた。その一方、飛行船は 1937年のヒンデンブルク号爆発事故をきっかけに危険性が喧伝され、飛行機と比較しての速度の遅さもあって、利用されなくなった。この頃旅客機を利用する乗客は、地位と財力を併せ持った一部の人に限られ、座席クラスも現在のファーストクラス(一等)に相当するものしか無かった。飛行中に提供される食事は必ず提供される直前に調理または加熱され、白いテーブルクロスのかけられた食卓で銀製の食器を使用するなど(マーチンM130)、現在のファーストクラスをはるかに上回る贅沢さであった。なおこの時代、大洋を横断する路線は飛行時間が極端に長かったこともあり、万一の際の着水を想定して飛行艇が使用された。

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ハンドレページHP42 : 初飛行1930年、巡航速度160km/時、乗客24 - 38名。複葉4発の陸上機で8機製作された。豪華さ以外に運行上の事故ゼロの安全性を誇った。
ユンカースJu52/3M:初飛行1932年、巡航速度245km/時、乗客15 - 17名。単葉の3発機。派手さは無いが堅実な設計で、第二次世界大戦まで輸送機としても生産され総生産数は約5000機。

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